2009.9.26.ブレス・パッセージFUKUOKA

「火の路」の幻視行

 一昔前の日本の家屋は竈(かまど)を持っていた。竈のことを巷の人はサラマンドラと言った。サラマンドラとは、火を恋いながら太陽の中に棲む火喰鳥のことで、その皮は石綿(アスベスト)で出来ているらしい。
 生前、奈良の明日香村に飛んだ松本清張は、今なお残る丘の上の巨大な猿石や酒船石が何処から運ばれて来たのかと推理して、遠いペルシャの国に眼を付けた。石人像の顔はどう見ても日本人ではない。朝鮮人でもない。中国人でもないからだった。かってシルクロードの商人として東奔西走したペルシャ人だったが、それを遙か遡る時代、古代ペルシャの広い信仰を集めたゾロアスター教(拝火教)の聖なる火と、火が発する言葉が、日本の仏教に入ってきたのだ。古代ペルシャの瑠璃碗や古墳など正倉院を開ければ一目瞭然のことでもある。
 人を陶酔させる薬草種ハオマ酒を飲んで、神との会話を可能にする「ハオマの密儀」というゾロアスター教の儀式は、今も日本の多くの寺に残る密教の護摩焚きの火として残されている。また仏閣に多く見られる蓮の花が放射した模様は、ゾロアスター教の神太陽の放射図を模して仏教の国に入って来たもののようだ。
 遠い記憶を辿ると、ペルシャと飛鳥を結ぶ路があった。火と火を結ぶ路、その路を松本清張は「火の路」と名付けた。




田中泯(たなか・みん);ダンサー・俳優

1945年、東京生まれ。70年代初めより独自の舞踊を求める活動に入る。78年、身体気象研究所を創設、舞踊団「舞塾」(81?97年)を結成。85年、山梨県白州町に「身体気象農場」開設、農業と舞踊の同時実践を開始。97年山梨県甲斐市に「舞踊資源研究所/桃花村」を設立後、「桃花村舞踊団」「農事組合法人桃花村」同時結成する。05年には場の創設として山梨県甲府市の「桜座」復活に参画。90年フランス政府より芸術文化騎士章、西ドイツ・ミュンヘン演劇祭最優秀パフォーマンス賞を受賞。02年映画『たそがれ清兵衛』に出演。日本アカデミー賞最優秀助演男優賞と新人賞受賞、キネマ旬報新人賞受賞。06年アニメ映画『鉄コン筋クリート』で声優出演。07年NHK土曜ドラマ「ハゲタカ」出演。現在全国各地で「場踊り」を展開中。
オフィシャルサイト http://www.min-tanaka.com/



姜泰煥(かん・てーふぁん);アルトサックス奏者

1944年生まれ。サックス奏法におけるマルチフォニックと循環呼吸奏法の先駆的至宝。その技法と創造の結実はあらゆる範疇を超える。東洋的な伝統スケールを織り込んだインプロヴィゼーションにてその存在を知られる。米軍基地内のビッグバンドに加わってジャズと出会い、アルトサックスに転向。68年には20代にして韓国最年少のビッグバンドリーダーとなる。78年、金大煥(perc)、崔善培(tp)と韓国初のフリージャズ・グループを結成。このトリオでサムルノリ、ソウル交響楽団、韓国の民族舞踊等と共演。個人でもソウル交響楽団と共演を行う。近藤等則が企画した「Tokyo Meeting 1985」を皮切りに度々来日し、山下洋輔、佐藤允彦、高田みどり、富樫雅彦、吉沢元治、さがゆき、おおたか静流や、エヴァン・パーカー、ジョン・ゾーン等とも共演。横浜「Bay'90 フェスティバル」、福岡「日韓Jazz Session '90」、「東京国際演劇祭'90」など種々の音楽祭に出演。02年、韓国にて朴在千(perc)、美妍(p)というパートナーを得て、レギュラーグループを結成。
オフィシャルサイト http://breath-passage.com/

高橋悠治(たかはし・ゆうじ);ピアニスト・作曲家

北九州公演は都合により出演できなくなりました。

大友良英(おおとも・よしひで);ターンテーブル奏者 / ギタリスト / 作曲家

1959年、福島県生まれ。日本はもとより世界各地でのコンサートやレコーディング等、常にインディペンデントなスタンスで活動し、多くのアーティストとコラボレーションを行っている。また、映画音楽家としても、中国 / 香港映画を中心に数多くのサウンドトラックを手がけ、ベルリンをはじめとした多くの映画祭で受賞、高い評価を得ている。近年はポスト・サンプリング指向を強め、「Ground-Zero」のプロジェクトに代表されるようなノイズやカット・アップ等を多用した大音量の作品から、音響の発生そのものに焦点をあてたスポンティニアスな作品へと、ドラスティックに作風を変化させている。Sachiko Mと結成した電子音響系プロジェクト「Filament」で徹底した脱メモリー音楽を指向する一方で、伝統楽器とエレクトロニクスによるアンサンブル「Cathode」や、60年代のジャズを今日的な視点でよみがえらせる「大友良英 New Jazz Quintet」等をスタート。
オフィシャルサイト http://www.japanimprov.com/yotomo/yotomoj/

齋藤徹(さいとう・てつ);コントラバス奏者・作曲家

1955年、東京生まれ。上智大学非常勤講師。日本、韓国、フランス、アメリカ、カナダでCDを多数制作する傍ら、アヴィニヨン国際コントラバス・フェスティヴァル、国際ベーシスト協会リッチモンド総会、ハワイ国際コントラバス・フェスティヴァルでの招待演奏など、コントラバスに関する活動を積極的に行っている。また、舞踊、演劇、美術、映像、書、邦楽、雅楽、能楽、タンゴ、ジャズ、ヨーロッパ即興、韓国の文化、アジアのシャーマニズムなど、様々なジャンルと積極的に交流。土方巽アスベスト館にて音と身体に関するワークショップ、身障者とのワークショップや演劇に参加。神奈川フィルハーモニック・オーケストラのために、「ストーンアウト」オーケストラ版(コントラバスと3種の箏とオーケストラの為)、タンゴ・エクリプス(コントラバスとバンドネオンとオーケストラの為)を作曲・演奏(2000年、2001年)など今日も活動を広げている。
オフィシャルサイト http://web.mac.com/travessia115

ドキュメンタリー撮影:青山真治

北九州市出身。福岡県立門司高等学校を経て、1989年立教大学文学部英米文学科卒業。立教大学映画研究会出身。在学中は蓮實重彦に学ぶ。卒業後フリーの助監督として、ダニエル・シュミット、黒沢清などにつく。1995年オリジナルビデオ「教科書にないッ!」で初監督。地元、北九州市の門司を舞台にした「Helpless」で商業映画デビュー。2000年、監督作品「EUREKA」で、カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞・エキュメニック賞を受賞。再び地元ロケで製作した「サッド ヴァケイション」(浅野忠信/石田えり/宮崎あおい)の若戸大橋が記憶に新しい。


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