| home | tanise-etc | horamiri | paak |

« ホームレス支援機構 | メイン | ヒロシマ原爆展 »

2006年07月23日

木花『ロミオとジュリエット』

日本ツアーの千秋楽。22日17時北九州芸術劇場。

小劇場(約120キャパ)でこれを見られる贅沢よ。
 
(以下、ネタバレありますよ)

時代を朝鮮王朝に置き換えて、マダン劇、パンソリなど芸能(舞踊)を前面に出した演出なれど、進むのは、まんまの「ロミオとジュリエット」。
舞踊はあの振付に対してはやや仕上がりが雑駁だった気がするが、それも生命感として許容出来る範疇。
客いじりも思ったよりあって楽しい感じ。

ややワンシーンの長さを感じるところもあり、意外と丁寧に(原作に)沿うのだな(細かいエピソードは流石に省かれていたが)・・・と思っていたら、これが実は「最後のシーン」に流れ込むための布石であったのかと唸らされた。

原作では、ロミオとジュリエットの「不幸な死」が、両家を和解に導いた、というエンディングだ。
(彼らの死は「天が両家の諍いを罰するために行った」と領主は言い、反省を促したのだ)

この作品では、そこに真っ向から反発していた。
死は憎しみを増長させ、両家は「すべてを殺し、種を絶やすのだ」と殺し合う!
種を絶やす行為・・・ここから「両家」の問題は世界の戦争へと視野を広げる。

死は、何も生まない。「尊い死」など、無い。
ロミオは、ジュリエットは、「生きるべき」だったのだ。

そういうメッセージを私は受け取った。

ラストに到る演出の当然の流れなのだろう、ジュリエットの何と溌剌と、かわいらしく、生き生きした瑞々しい人物描写。女優もそれに沿った人選で、見ているだけで微笑ましくなる。
ロミオも普通の「若者」、どっちかというとルックスの良くないキャラクター。
最初の群舞集団からは、いったい誰が「主人公」なのか、なかなか判らなかったほど。
(代わりに友人:マキューシオの魅力的なこと!)

ふたりの愛くるしい睦び合いには、素直に祝福を送りたくなる。
死んで欲しくなかった。そうも素直に。

また両家に関わる若者達も、真に憎みあっているわけではなく、むしろライバルとじゃれ合っている日々。
彼らの世代には、もはや人間関係として軋轢は無いはずなのに、(おそらくは親から聞かされた)過去の差別へのコンプレックスからほころびが起き、事故的な死に繋がってしまう。

「○○(国名/場所)のやつらは・・!」と罵倒する時に、具体的な知己の顔が無いように、ほんとうに「誰か」を憎んでいるのかと、我々は何度も自省しなければならないのではないか。


とても感じ入ったのが、マーキュシオとティボルトの葬送のシーン。
笠を目深にかぶった霊輿者が、リンを鳴らしながら歌う。

  越えて、越えつづけ、遠く越え、越え
  北◇山川は遠いというが、あの向こうの案山が北◇か
  越えて、越えつづけ、遠く越え、越え
  今行けば、いつ来るのか、傲慢な私に教えて下さい
   (パンフレットより)

◇は亡におおざとへん。墓の多い丘陵地であると思うが、この歌は何か、伝統的な歌なのか。
(誰か教えて下さい)

色々端折っているのに、このシーンはしっかりとやっていた。

俳優は泣くシーンを除いては終始笑顔!!
こういうところにも意味のある演出が行き渡っていると感じた。

観れて良かったです(チケットゲッター山本さん感謝)。

投稿者 tanise : 2006年07月23日 15:53

Trackback Pings

このエントリーのトラックバックURL:
http://tanise.s211.xrea.com/t-etc.net/blog/mt-tb.cgi/1063