「ひろば北九州」2012年6月号

 この「ひろば北九州」に原稿を書かせていただくようになって(以前の「文化展望」の時代も含めて)もうすぐ10年になろうとしている。毎回、「身近な演劇の今」を伝えるべく、何をネタに、どんな切り口で書くかを探し求めて一ヶ月が過ぎていくのだが、その過程でよく考えるのは「演劇」というものの定義だ。バレエやダンスイベントは「演劇」として考えていいのか、オペラはどうか。大道芸を、ショートコント集をどう考えるのか。

 英語には「performing arts(パフォーミングアーツ)」という便利なくくりがある。日本語で言うと「舞台芸術」であろうか。この横文字は徐々に日本でも市民権を得つつあるようで、日本の「表現教育」系の研究でよく名前のあがる玉川大学の芸術学部にも2002年から「パフォーミングアーツ学科」なるものが設置されている。演技者と観客が居る場所があって、そこで声や体を使った演技を行うことにより、演技者と観客がコミュニケーションする、というのが「パフォーミングアーツ」であるという。これは明らかに「演劇の三要素」と同じものだ。

 ということで、最近は、この便利なくくりを利用させていただいて、パフォーミングアーツという形を取っていて、なおかつ、私がその中に「劇的」なものを見いだせれば「演劇」として扱う、という私なりのガイドラインで切り分けるようにしている。

 今回紹介したいのは、まさに従来の「演劇とは役者が舞台で台詞を言って物語を紡ぐもの」というイメージからからは少しはずれるのかもしれないが、パフォーミングアーツとして十分「劇的」な作品達である。

 まずは、ヴァイオリン奏者谷本仰氏と、ダンサーであり身体表現者の大槻オサム氏の2人によるユニット「Tremolo Angelos」(トレモロ・アンゲロス)の「ホシハ チカニ オドル」(6月9日〜11日/デルソル)である。
この「ホシハ チカニ オドル」は、2010年に門司港の海峡ドラマシップで行われた「海峡演劇祭」において「Dialogues in the Dark〜光/身体/闇〜」という題名で発表された作品を改名、2011年に広島市と福岡市で再演されたものである。

この作品は「死者」にまつわる、しかもチェルノブイリや東海村の事故で亡くなった人々にまつわる物語である。物語とは言っても、「光」「闇」「森」「星」の4場から成るこの作品には明確なストーリーはない。谷本氏の音楽と、大槻氏の肉体によって蘇る「死者」達のなかに、希望を見るか、絶望を感じるかは観客に任されている。

通常、こういったスタイルの作品は、そこに描かれている事の「正解」を探そうとするあまりに、観終わった後に「難しかった」で片付けられがちだが、「Tremolo Angelos」の二人は、驚くほど簡単に、観客を「考える」事から「感じる」事へスイッチさせてくれる。そんな瞬間を体験できるだけでも十分に「劇的」だ。また、今回、東日本大震災と福島第一原発事故を経験した私達にこの作品がどのように語りかけてくるのかも楽しみだ。

                                              (大塚 恵美子/劇作家・演出家)